全力疾走と午前4時

進行性の神経難病患者です。先祖調査や英語学習について書いています。

戸籍沼にハマって感じた『生まれた責任』

あれから戸籍の沼にハマってます。
手に入れた改正原戸籍に除籍謄本の数は11通に。
まだ、郵便で1系統請求中。
何通出てくるか。

自分には2人の親がいて、その親にもそれぞれ2人ずつ。
それがどこまでも続く。
顔も名前も知らないご先祖様が沢山いての私なんだと、知ってはいたけどねぇ。

何人もの先祖の名前を知り、戸籍に記載してあるだけの、最低限の出来事を知っただけなのに。
私の人生観はガラリと変わった。

生まれて数日で亡くなった人も、江戸時代の生まれなのに80歳まで生きた人もいる。
どちらも名前が書かれる欄の大きさは同じ。
生きた時間は全然違うんだけど、与えられた命を生ききったという事実は同じなんだな。
生まれて死ぬまでの数日を、きちんと生きた人。
ちゃんと生ききった、と私は思う。
80年もの長い間を生きるには、様々なことが起きただろう。
それを全部受け入れて生きたんだろう。
やっぱりちゃんと生ききったんだと私は思う。

人生とは、どんな男女の間に生まれるかに始まって、本人の力ではどうにもならないことが沢山ある。
努力でどうにかできる部分なんて、もしかしたら人生の3割くらいかもしれない。

先祖の戸籍をたくさん見るようになって1ヶ月。
好きで生まれてきた訳ではないけど、『生まれた責任』を感じている。
私の名前も既にあの欄に書かれている。
あの欄を与えられたことは、本当にラッキーなことだと思う。

それからこの1ヶ月、よく考えることは『死ぬまで生きる』こと。
これが真理かもしれないと、思い始めてる。