全力疾走と午前4時

進行性の神経難病になり8年目くらいだったはず。先祖の戸籍を取ったり、気になる土地の歴史を調べています。

8年目の私から、診断されたばかりの人に伝えたいこと。

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私は先月2023年の12月で脊髄小脳変性症と診断されて、丸8年が経ちました。
8年は長いんだけれど、過ぎてみるとほんとにあっという間。
脊髄小脳変性症の診断を受ける少し前から、このブログを始めました。


診断当初は同じ病気の人のブログを読み漁り、病気の対策ではないけれど、これから起きること、自分は何をしたらいいのかの情報を仕入れていました。
それはそれは凄い勢いで読み漁りました。
当時あった恐らく全ての脊髄小脳変性症患者さんのブログを読んだんじゃないかと思います。


診断されたばかりですから気になるのは薬のこと、指定難病の医療症のこと、障害者手帳に患者会のこと。
まぁ、環境整備ですね。
進行性の神経難病ですからできることが徐々に減っていくはず、だからまずは障害者手帳や介護保険のことなど、できることはやっておかなくてはと必死でした。


でも、手帳にしても介護認定にしても、診断当初はまだまだ歩けたし、いやガンガン歩いていたのでなかなか難しいものがありました。
多分、通勤時に最寄り駅まで約2キロほど歩いてましたから。


自分のことも書きながら、同病さんのブログから情報を得ながら頑張っていたのが最初の2年くらいです。
その後は生きる意味が分からない、腕に自傷しその傷を大切に育てる(笑)暗黒の時代が続きます。
これは3年くらいでした。
腕の傷は絶対に治らないように、2日に一度はカサブタを剥がし、常に生傷状態を維持していました。
いちばん治してほしい病気を治せないのに、腕の傷を簡単に治されてたまるか!という医療への怒りからくるものでした。
まぁ、今思えば医療じゃなく、自分の運命への抵抗だったのかも。


そんな時期を過ぎて、楽しすぎる趣味を持ち、充実した毎日を過ごしております!
とにかく楽しすぎて、診断当初の気持ちも思い出すことが少なくなりました。
で、今は趣味と勉強に時間を使うことが増えたので、ブログを更新することがめっきり減ってしまいました。
8年前のことを思い出すと、進行性の神経難病なのに、趣味に忙しいとか言って楽しそうな人のブログは見かけなかったなぁと思うわけです。
そういう人は、ブログ書いている時間が無かっただけかもしれませんが。


脊髄小脳変性症の診断を受けて、これからどうなるんだろう?と不安でいっぱいの人がこのブログを読んでいたら。
私は何を伝えようか。
『大丈夫』とは言えません。
残念ながら大丈夫ではありません。
これから流す涙は1リットルでは済まないかもしれません。
でも、自分には自分でも知らなかった力があると信じて欲しいと、伝えたいです。


自分を信じるなんて抽象的な言葉で申し訳ないけど、しょうがないです。
具体的な言葉、安心させる言葉もないからです。
だって頑張っても進行します、治りません、問題課題は切れ目なくにどっかんどっかん落ちてきます。
闘病とかいわゆる病気に勝つ!とかそんなことはあり得ません。
しかし病気になり、他人の手を借りないと生活できない身体になったけれど、生まれてこれて良かった、そう言えたなら病気に勝ってるじゃん!と私は思うんです。
それはそれで勝ちだと。
今私は毎日楽しくてしょうがないので、こういう勝ち方もあるよなぁと思っています。
『脊髄小脳変性症』は私がこんなに充実した毎日を過ごすことになるなんて、想像していなかったでしょう。
だから、あなたにはあなたも知らない力があることを信じてほしい、と8年目の私は思うのです。