全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者ですが、できることはまだまだ沢山あるじゃないか!

身体が動かなくなることは受け入れますが・・・

また、読む人をドン引きさせることを書いてしまいますが、いいですか?
大丈夫だよという人だけ読んでください。
読む人が読んだら、酷いなあと感じること、書いてしまうと思います。





24時間テレビを見て、何度か思ったこと。
いいえ、何度も思ったこと。


そもそもは、NHKの番組でパラリンピックに出場する選手を紹介していた時の事。
事故で歩けなくなり、車椅子生活になった男性が言った言葉。


「もうずっと、このままなんだ」



動かなくなった足の事ね。
ぼけ~っとテレビ見ていたのに、私は間髪入れずに呟いてました。



このままならよかったじゃん




私の病気は進行性。
歩けなくなったこの人の障害を、追い越す日が来ます。
またまた出てきたブラックな感情。
動かなくなったってそのままなんだったら、いいじゃないか。
というか、歩けないだけならよかったじゃんレベルのブラックな感情。




この時、久し振りに自分の中の私が誰よりも大変という思いがあふれてきました。
そして迎えた24時間テレビ。


目の見えない人、耳の聞こえない人、歩けない人、腕が無い人。声を失った人。
いろいろな人を見たけど、みんないいじゃん。
見えないだけならいいじゃん。
方法あるでしょ。
聞こえないだけならいいじゃん。
方法あるでしょ。
歩けないだけならいいじゃん。
方法あるでしょ。
無限に続くブラック地獄。


24時間テレビ、楽しかったんだけどね。
なんなんだ、この嫌~な人に成り下がった感じは。

 
私は多分歩けなくなる、手を動かせなくなる、喋れなくなる、目が大体見えなくなる。
この4つは免れることができないだろうなと思っています。


前にも書いたと思うけど、身体が動かなくなることはきっと受け入れられると思っています。
だってどんなに暴れたって、まともに動かなくなるんだからしょうがない。
身体が動かなくても、自分で話すことができれば、人間らしく生きることができると私は思っています。
でも自分の意思を伝える手段が全て無くなったら、どうなるんだろう?
家族は私に話しかけてくれるだろうか?
話しかけたって、それに答える方法がなければ、悲しい思いをするだけ。
多分わずかに残った体の機能でできる簡単な意思表示、YESかNO程度。
その程度の返事で成り立つ会話しかできないだろうと思います。
それだってしてもらえるかどうかわかりません。
だから体が動かなくても、人間らしいコミュニケーションをできる障害者を羨ましいと思ってしまう。



家族と意思の疎通ができなくなる、これは受け入れ難いし恐ろしくてしょうがない。
声を失っても、手が動けば文字が書ける。
そうすればコミュニケーションはとれるから。
それができなくなるであろう私は、どうすればいいんだろう。
目を使った文字盤とか、パソコンの視線入力とかあるようだけど、それって目が見える人限定だよね。
見えなくなりそうな私には関係のない代物だよな。

私の最終形態はあんまり動かない物体か・・・
中の人は今と変わらないはずなのに。


う~ん、無限ループにハマってしまったらしい。
24時間テレビよ、どうしてくれる?


車椅子に乗っている人から見たら、私はまだまだ入口からこっちの世界を覗いているだけ。
でも確実にやってくる未来は怖いんだ~!