全力疾走と午前4時

進行性の神経難病患者です。

社会からこぼれ落ちて

今朝は早く起きて、夫におにぎりを作り5時過ぎには見送りました。

その後台所を片付けたり、洗濯をしたり、ご飯を炊いたりして8時頃から1回目のお昼寝です。(笑)

そのお昼寝から起きた後に今日2回目の洗濯をして、再び布団の中へ。

今日はすんごくいい天気な割に涼しくて、お昼寝が気持ちいいのなんのって。

お昼寝と言っても午前中なんですが・・・




そんな過ごし方の午前中が過ぎて午後、いろんなことを考えてしまいます。

一昨日からずっと考えています。

価値のある人間とは?

惜しい人をなくしたと沢山の人が言ってくれる人生って?

川崎の事件、今の私は感じ方が多くの人とは違うようです。

夫とも意見が合いません。

容疑者が自分とある部分で重なるのです。

今日ネットニュースで見た情報だと、容疑者はパソコンも携帯電話も持っていなかったようです。

ということはこの時代に、他人との繋がりがほぼ無かったということなんだろうなと思いました。

だから人を殺していいとということには当然ならないけれど、孤独で自分に価値なんて感じられない人生だったろうなと思うんです。



やるかやらないかの違いで、同じような人は沢山いると思います。

私も自分に価値があるとはどうしても思えません。

私の目から見て、価値があるな高いなと思う人と接するとき、とても卑屈になってしまいます。

私の場合、自分とそういう人との違いは『病気』か『健康』かの違いだけです。

私は健康な人を羨ましいとは思うけれど、憎んではいません。

それに今の状態に絶望もしていない。

だから他人を道連れに死んでしまおうとも思わない。

でも絶望した人はどんなふうに思うんだろう。

全く無関係の人を道連れに死にたくなることがあるのかもしれない、と思います。

読んでいて、「こいつ、頭おかしいのかよ!」と思われるかもしれませんが、私はそう思ってしまうんです。

私が子供の頃、殺人といったら怨恨が原因というのが当たり前だったような気がします。

無関係の他人を道連れにした自殺?みたいなものはあんまり記憶にないです。

だからどうしたらいいかと私が言えるものではないけれど、社会の中からこぼれてしまったと感じる私には、他人事とは思えない事件だったのです。