全力疾走と午前4時

進行性の神経難病になり8年目くらいだったはず。先祖の戸籍を取ったり、気になる土地の歴史を調べています。

これを書いたらTwitterが不穏な動き

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昨夜Twitterで、安楽死についてツイートしたら今朝になってアカウントが不穏な動き。


アカウント凍結されるより、書いたツイートが見られなくなるほうが嫌なので、こちらに載せておきます。
全部で6個のツイート、これがダメなのかもなぁというものがあるけど、一旦載せてみます。

追記
ここがまずいんだろうな、という箇所の表現を変えました。



ココから↓

本当に今、地球上でいちばん楽しんでるのは私じゃないか?ってほど楽しくて仕方ない。
どんなに楽しくても、私が進行性の神経難病であることに変わりはなく、残酷なくらい着実に身体は不自由になる。
病状は気持ちいい位に進行しかしないけど、気持ちはあっちに行ったりこっちに行ったり、戻ったり。



京都のALSの事件のお医者さんは、単純に悪い犯罪者とは思えない。
彼女の魂は救われたんじゃないかと私は思うから。
ただ、安楽死について医療者がどうあるべきか。
医療者は1ミリも安楽死に肯定的になってはいけないと思う。
どんなに死を願っていても、気持ちが変わることもあり得るから。



どんなに生きる希望を持てない難病患者でも気持ちが変わる可能性がある以上、安楽死をしたい気持ちを肯定してはいけないと思う。それは医療者に限ると私は思っているけど。それ以外の人は死を待ち望む気持ちに寄り添ってもらえたらと思う。それがスピリチュアルケアだと思うんだよな。



私は2年くらいの間、死に恋い焦がれるような状態があって、その間、その気持ちをただ聴き続けてくれた人がいる。
お陰でこんなに楽しい今がある。
最近、看護師志望の娘にこんな話をした。



死にたい気持ちを否定はしないで。
肯定してもいけないと思うけど。



看護師志望の娘が、安楽死について肯定的に考えていたらまずいので、最近焦ってそんな話をしました。
人の気持ちは変わるのよ、患者の気持ちも変わるのよ、人間だもの。