全力疾走と午前4時

進行性の神経難病患者です。先祖調査や英語学習について書いています。

難病の診断を受けてからもうすぐ6年

何なのでしょう。
この精神状態の安定っぷり。
難病の診断を受けてから、今年の12月で丸6年になります。
どんなふうに病気が進行していくのか、全くの未知で怖くてしょうがなかった、と思う……きっと。
その時からつい最近まで、自分にこんなに楽しい毎日がくるなんて微塵も想像しなかった。


受容へのプロセス

アメリカの精神科医エリザベス•キューブラー•ロスは『死ぬ瞬間』という著書の中で、死の受容のプロセスというものを書いている。
そのプロセスとは否認、怒り、取引、抑うつ、受容と5段階あります。
脊髄小脳変性症、特に私の病型は平均寿命まで生きることができるようです。
だから死の受容というと、少し違う気もします。
でも生きたまま死ぬような病気なので、このプロセスを自分にあてはめたりしています。
キューブラー•ロスは本の中で、全ての患者がこのような経過を辿るわけではないとも書いているそうです。
まさに私!





私オリジナルの受容プロセス

私は一体どんな経過を辿っているんでしょう。
難病と診断された1年目はいきなり受容した気でいました。(笑)
3年目から5年目は怒りと抑うつの段階に留まり続けた気がします。

そして今、死の受容の5段階のどこにもいません。
病気の進行は見ないふりをして、ひたすら趣味の沼活動に没頭しています!

受容とは諦めのことだろうなぁ

私は最後の段階『受容』とは『諦め』だと思っています。
受容って言葉を使うと、自分が楽になれる気がするんです。
苦しんでもがいているより、受け入れ難いことであっても黙って飲み込む、その方が人間として成熟しているイメージがあると思うんです。
受容って言葉を使うと自分ができた人間に見えるというか。

私は黙って飲み込みませんよ。
自分の病気に関しては、そういう運命だと諦めたんです。
一生ジタバタしていいなら、死ぬまでジタバタするつもりです。
そんな中にあって、今は戸籍沼、先祖沼という底なし沼にハマっているので、精神状態は安定しているということです。
そして気持ちは変わるということを、この6年間で学びました。
これからも変わり続ける予感しないし。
ある人が生きてるだけで皆んな偉い!と言っていたんで胸張ってそれだけ続けようかと思っています。