全力疾走と午前4時

進行性の神経難病になり8年目くらいだったはず。先祖の戸籍を取ったり、気になる土地の歴史を調べています。

辛いのは本当に患者本人なのか?

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『本人がいちばん辛い』
介護者がよく言う言葉。
ほんとによく聞きます。
この言葉が出るのは、介護者が自分の大変さを話すとき。
こんなに辛いけど、いちばん辛いの本人なんですよね。
いちばん辛いのは本人なんだけど、私だってとても辛い、と。
どっちも意味は同じか。
辛い人はほんとによくこれを仰います。


いやー、そんなことないと思うんだけどな。
……と私はいっつも思います。
だって私達患者は病気から逃げられないんだぜー!と。
逃げるか逃げないかの選択肢はないんだぜー!と。
実際問題、選択の余地は無いと思いますが、介護者は逃げない方を選んだんですよ。

昔、初めての出産の後に陣痛とフルマラソン、どちらが辛いかと夫と話したことがあります。
出産はどんなに辛くても途中棄権ができない、でもマラソンはできる。
ってことはフルマラソンのほうが辛いんじゃないか、と私は考えたわけです。
これと同じとは言わないけれど、似ているんじゃないかなと。


患者本人は自動的に患者になれるんですよね。
自動的って変な言い方だけど。
病気の診断を受けたときに逃げられないんだと、それだけは理解するんです。
介護者は自動的ではないのにね。
(実質自動的だとも言えるけど)
なんだか上手に思っていることを書けないぞ。


何が言いたいかというと、私は患者本人より介護者の方が辛いと思っています。
ずーっと前から思っています。
家族が介護するのは、とても辛いだろうなと。
だって元気だった頃を知っているから。
その頃の思い出が沢山あるから。
書いているだけで涙が出てきます。
とにかくあなたはとても頑張っているから、自分を追い詰めないで。
苦しみに見合った結果は出ないかもしれないけれど、あなたがとても頑張っていることを私は知っています。
あなたとは頑張っているあなたです。
どうか平安がありますように。
またクリスチャンぽくなってしまったじゃないか。