なんだか大げさなタイトルをつけちゃいましたが、ほんとにそう。
学校は九九や分数少数、当然そういったことも教えてくれるけれど、それだけじゃない。
進行性の難病患者として生きていく私にとって、とても大きなモノを授けてくれたのは学校です。先生です。
先生の仕事はすぐに結果の出ない(永遠に出ないこともあるかも)種蒔きみたいなものだと思います。
勿論国語や算数などは、すぐに結果が出るものだと思いますが。
10年後20年後、はたまた50年後に芽が出ることもある、とっても壮大な仕事だと思います。
どんな芽が出たか、先生を探し出して報告してくる教え子もいるでしょうが、芽と先生の繋がりに気付かない人もいるでしょう。
私もそんな芽が出たことを当時の先生に報告したいんだけれど、あまりに時間が経ちすぎていています。
直接お礼を言うことができないので、ここに書いておこうかと思った次第です。
生きる力
これはこの先生が、というハッキリしたことが思い出せないものなのですが、私にとってはとても大事な記憶です。
多分中学校の文化祭でのことだと思います。
演劇部の発表でなんだかよくわからない劇を観たんです。
当時は本当に意味が分からなかった。
ストーリーはこんな感じでした。
これから人間界に赤ちゃんとして生まれる子供たちが、その日を前に期待や不安をあれこれ話すという場面から始まりました。
生まれる前の世界では、どんな夫婦のもとに生まれるのか、生まれてからどんなことが起きるのか、あらかじめ本人に知らせているようでした。
そんな中、ひとりだけ「生まれたくない」という子供がいました。
その子は、生まれたらコインロッカーに捨てられ、亡くなることが決まっている子で・・・
とても悩むけれど、最終的にその子は「私はコインロッカーの中で精一杯泣く!それが私に与えられた運命なら全力で泣く!」
セリフはちゃんと覚えていないけれど、そんな決意をして生まれていくのです。
そして劇の終わりのナレーションで、その子がコインロッカーの中で精一杯泣いたことが報告されて。
確か、大きな声で泣いても見つけてもらえず、助からなかったという寂しいストーリーでしたが、なぜか覚えていたんですよね。
多分30年以上経っているのに。
常に記憶のどこかにあったわけではないんですが、自分が難病になってからフッと思い出しました。
身体が動かなくなるのを待つだけ、治すこともできない。
複視がどんどん酷くなってきても、なにもできない。
滑らかに話すことができなくなる恐怖、これもこのまま。
これらのことを考えて、どうしようもない気持ちになった時に思い出します。
コインロッカーの中で死ぬことが分かっていても、力の限りに泣く赤ちゃん。
泣くことだけが自分にできる唯一のことだと。
・・・自分を重ねてしまいます。
それが私の生きる力になるのです。
他人にはちょっとわかりづらいと思うけれど。
コインロッカーに赤ちゃんを捨てるなんて話、小学校でやるはずないので中学校だと思うんですが、顧問の先生はなんでこの劇をやることにしたんだろう?
生徒が決めたことかもしれないけれど、文化祭ならたくさんの先生も観るし、当然保護者も観る。
なんでこの劇でいこうと決めたんだろうと。
それは分からないんですが、私の人生の役には立っている。
間違いなく立っている。
だから、この劇をやろうと決めた顧問の先生に、心から感謝しています。
だってコインロッカーの中で精一杯泣いた赤ちゃんと自分が重なるから。
これから病気が進行していく私。
自分に与えられた運命であるなら、全力で受け止めるし精一杯のことをしよう。
あの劇が一体何を言いたかったのか、実はよくわからないけれど、精一杯生きたからご褒美があるわけでもなさそうだけど、それでもよしとする。
なんか書いてて気付いた。
多分あの劇の言いたかったことは、こんなことかもしれないなぁ。
その先に光が見えなくても、ひとつでもできることがあるならば、精一杯やんなさいよ。
そういうことかな?
こういう生きる力をたくさん集めて、私は生きていられます。