全力疾走と午前4時

進行性の神経難病患者です。

途中から天国へのお礼状っぽいかも

去年の秋、このブログを通してやりとりがあったジェニーさんという人からメールが来ました。

彼女も闘病ブログをされていたのだけど、終活のひとつとしてそのブログを閉じたという報告でした。



病状のことなど近況が書かれていて、メールの最期に『わらさとさんの病気がずっと進行して行かない事を願ってます。』とありました。


どういうことなのか、なんでブログを閉じたのか?

最後の文章を読んだだけで分かったというかなんというか。

ただただ涙が流れるだけでした。



そして2か月後、私が骨折した頃に彼女は神様のもとへと召されました。

私が洗礼を受けるという話をしたとき、自分とキリスト教の関係を話してくれました。

にわかクリスチャンなのよと言っていたので、きっと神様のところへ行ったんだろうと思っています。

ブログで交流を持ち始めた頃から、病状は聞いていたのでそう遠くないうちにこういうことになるかもしれないと思っていましたが、やっぱり少し辛いです。

少しという表現は語弊があると思いますが、私にとって悲しむ気持ちは少しなのです。




彼女が発病してからの3年間、毎日どんなふうに生活してきたかを、ブログを通してではあるけれど知っているからです。

お互いになんだけれど、その日その日を精一杯頑張ったので「お疲れ様でした」しか出てこないのです。

ほんとによく生きた3年間だったので。




そして今回の骨折で心まで折れた私を励ましてくれたのはジェニーさん。

他にも沢山の人が気にかけ、励ましてくれたのですがやっぱりジェニーさん。

最期のつもりでくれたメールの言葉、あれは凄かったです。



わらさとさんの病気がずっと進行して行かない事を願ってます


自分のこれから先のことを考えると、適当なところで死にたいな、なんて考えてしまった時にこのメールを思い出して、どれだけ勇気をもらったか。

だって彼女と私は人生のほんの最後のほう、たった3年前に知り合っただけ。

主な交流はブログのコメント欄、直接会えたのは1回だけ。

体調のいい時に会おうと機会を伺っていたのですが、中華街で会ったのが最初で最後になりました。

そんな関係の彼女が私にくれた言葉、死ぬ前に私に言いたかった言葉は「病気が進行しないように」というものでした。

機会があったから私に届けてくれた言葉です。

改まったことを言う機会が無かったり、近すぎるところにいる人は?

当然同じことを思ってくれているはずだと、ほんとに突然、そして今更思い至ったわけです。

あの転倒、骨折でとっても辛かった時、そのことに急に気付きました。

この病気になって進行を感じる時、なぜか勝手に孤独を感じます。

同じように感じる人もいると思います。

でも、私の病気が進行しないようにと願っていてくれる人が沢山いるんだと、今回初めて気付けてよかった。

こんな気付きを最後にくれて、ありがとうジェニーさん。

いいクリスマスプレゼントになりました。

どうか安らかに。