全力疾走と午前4時

進行性の神経難病患者です。できることは減ったけど、妻として母として毎日をアツクルシク生きてます。

杖無しで中学校へ行く

もうすぐ中学を卒業する娘。

今年もやってきました、校長面談。

1年生の時も、2年生の時も、この時期になると学校に行きました。

進級判定のために必要と言われ、行きました。

今回は卒業判定だったか。




私の病気が判ったのが、1年生の冬。

娘も大変だったと思うけど、私もそりゃ大変で。



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その時にお世話になった先生が異動する時に、学年の先生はじめ、次の担任の先生に私の病気のことを説明してくださったそうです。

自分でも校長先生に、脊髄小脳変性症という名前やこれからどうなっていくかなどは伝えてありました。

(病名を教えてほしいと言われたんで、説明しました。)


今の担任の先生も、校長も2年前には思っていたはずなんですよ、「この母親は歩けなくなるらしい。」と・・・

ところがどっこい、すみません!

私の場合進行がゆっくりでした。

もちろん進行はしてるし、歩ける距離は減りました。

ふらつきも大きくなってきたし。

他の人には分からない症状は、きちんと進行してるんです。


でもね座ってしまうと、何も変わっていないのですよ。

座った私は、ただの健康そうな人にしか見えないので。

これは構音障害が、ほぼ無いからなんだと思いますが。

勿論、しゃべりにくいですが、他人には分からない程度なので。

その上、学校に行く時には杖を使いません。

私がどんなに怖い思いをしていても、杖も持たずに歩いて学校に来れば、「なんだよ、難病難病サギか。」と思うんだろうなと。


面談などで学校に行く時は毎回悩みます、杖のことで。

何度も今回からは杖をついて行こうかと考えました。

娘の気持ちと自分の安全、よく考えて結局いつも杖無しで行っていました。

そして今回の校長面談。

何にも悩まず決めました。


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ここに書いたように、想像はしていたけれど、それ以上だったんだなと知ってしまったので。

やっぱりね、杖をついて歩く母親を同級生に見られたくないよな。

私も見せたくないからね。

今回は本当に、全く悩まず決めちゃいました。

学校まで歩いて5分だ、杖をついて行けるわけがない。

凄く危ないことをしたと思うけれど、杖無しで行かれてよかったと思っています。

結局学校へは1度も杖をついて行きませんでした。

先生達は、どこが難病なんだろう、いつも普通に学校来れるじゃないかと思っているだろうけど、これでいいのです。

娘の為なら、できることはなんだってやるのですよ、それだけです。