障害者と健常者のあいだに引かれた線 その2

前回記事の続きです。


障害者手帳を手にしたことで、私は正真正銘の障害者になったようです。

でもその時はそれほど強烈に、障害者と健常者の違いを感じることはなかったんです。

障害があるかないかの違い、ただそれだけのこと同じ人間だ、そんな感じにとらえていたのかなと。




でもだんだんとなんとなく、あれ~「私、あの人たちと違う」と感じることが増えてきて。

悔しい思いをすることも増えてきて。

それは大抵がネットの世界で。

誰が書いたか分からないものでなら、それほど嫌な思いはしないんだけど、知ってる人の書いた文章はキツイ。

先日書いたSNS自損事故、これですな!




私がキツイと感じるのは、主にフェイスブック。

インスタ、ツイッター、フェイスブック、どこで呟くかによって、みんな人格変わる変わる。

ツイッターはわりと本音に近いことを書く人が多いような気がする。

フェイスブックは本名でやっている人が多いので、善人アピールが凄い。

障害者関連のニュースをシェアするなどして、その善人アピールは行われている・・・気がする。

なんだか嫌な感じのことを書いているが、許していただきたい。



自分が健常者だった頃は、実際私もそうだった!

障害者に関するニュースとか気になったし、応援したい気持ちもあった。

誰かが困っていれば、その困りごとが解決したらいいなと思うし、私にできることがあれば是非やりたいと思ってました。

これ自体はいいの。

誰が言ってもいいとと思うの。




でも自分もそうだったから分かるんだけど、スタンプを押したように障害者に対する健常者の良心って同じなの。

うん、同じことが多い。

うまく説明できないけれど、当事者にしか分からない微妙な感情があって、それは当然健常者には分からない。

だからたまに矛盾したことを言ってる健常者がいるわけです。

障害者のことをちゃんと考えてますよというアピールをしているのに、一方では真逆のことを言っていたり。

これは知らないんだから当たり前なんだけど、私も初心者なので頭にくる。




さっきから抽象的なことばかり書いてますが、障害者2年目の私には処理しきれない感情がうじゃうじゃ湧いてくるわけです。フェイスブックを見ていると。

どんなSNS自損事故があったのか具体的には書きませんが、初心者の私には無理ー!

ということで、フェイスブックはやめようかなと思っています。

最近はインスタもやっているけど、こちらもリアルな友人は申し訳ないが整理させてもらおうかと。

私も相手も変わらないつもりでいても、ハッキリとした線ができちゃったんですよ。

それぞれに友としての関係性は何も変わってないはずなのに。


健常者でいる限り知ることのない感情があって、障害者になった私は知ってしまった。

私が感じる感情を知らない人とは、仲良くできない。

いや、できるんだけど、違いを感じてしまうわけで、その瞬間の自分が嫌だというだけのこと。



そう、自分が嫌なだけ。

上につらつら書いたことも、なにやら感じの悪いことばかり。

わかっちゃいるけど、感じ悪い。

健常者とかかわると、そんな自分が出てきてしまう。

それがとにかく嫌だ。

こういう感情は10年も続くわけじゃないと思うから、しばらくフェイスブックからは離れたほうがいいなと。

さっきから何度も書き直しながら、気付いたら1時間半も経っているけど、どんどん分からなくなる。

やっぱりこんな気持ちになる原因は絶ったほうがいいんだよなと。