全力疾走と午前4時

進行性の神経難病になり8年目くらいだったはず。先祖の戸籍を取ったり、気になる土地の歴史を調べています。

私が訪問リハビリに辿り着くまで

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こんにちは、わらさとです。

今日は私が脊髄小脳変性症になって、リハビリの必要性を感じたところから、実際にリハビリをスタートするまでの道程を書きますよ。

去年の今頃、診断から半年の私は様々な申請の難しさに心が折れそうになりながら、どこかにこの病気の取説はないものかと、あったら誰か頂戴よと思っていました。

だって本当にどこから手をつけていいか、さっぱり分からなかったから。

取説というか、この病気で生きていくための地図だよね。

病院は診断しかしてくれなくて、制度や申請のやりかたはよく分かっていない。

病院のソーシャルワーカーさんも、知らないことがあったし。

ここではリハビリのことを書くので、それ以外の制度や申請のことは、過去の記事を読んでみてください。




仕事を10日休んだら、想像以上に身体が動かなくなった!


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これが去年5月のことです。

まだなんとか仕事を続けていたんですが、あまりに目が回る日が続いて、10日間ほど休んだことがありました。

久し振り(といっても2週間)に出勤してみると、思うように動けない。

全てがスローモーションのよう。

この病気は動かないと症状が進むと聞いていたけど、たったの2週間でこれほどとは・・・

かなり恐怖を感じました。

とにかく寝込んだりしないように、毎日少しでも身体を動かさないとエライことになるぞと。

その時に初めてリハビリってきっと意味があるんだろうと、私もやりたいなと思いました。

まだ仕事を辞めていなかったので、それなりに運動量があったはずなので、多少の安心感はありました。

でも、退職したらすぐにリハビリを開始しないとと、考えました。




そもそもリハビリってどうやって受けるの?

リハビリしたい熱はある、しかしどうやったらリハビリって受けられるのか?

そもそもどこに頼むのか?

なんにも知りませんよ。

具体的なことは誰も教えてくれないしね。

地域のスポーツセンターを見学しに行ったのもこの頃。

施設の利用料に障害者割引があったので、仕事辞めたらここに通おうかななんて漠然と考えていました。

でも、同病さんのブログによく出てくる訪問リハビリ、この正体はまったくわからず。




遂に退職、障害者手帳の取得と介護保険の認定


去年の11月になり、障害者手帳の取得と同時期に退職しました。

ここで完全な専業主婦ならぬ専業難病患者となり、ますますリハビリどうしたもんかと考えるようになりました。

同病さんのブログを読むと、リハビリをしている人はどうやら、介護認定を受けているっぽいと気付きました。

これは必ずしも正解ではないと思いますよ。

だって介護保険が使えない年齢(40歳以下)の同病さんでも、リハビリをしている人はいますからね。

仕事を辞めて身体を動かす機会の減った私は焦り、まず介護保険の相談に行きました。

そこでも簡単には進まず、嫌な思いも何度かしましたが、なんとか要介護の認定を頂きました。(よかったよ、ホントに)



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認定調査の最後に介護保険で何がしたいかを聞かれ、迷わずリハビリ!と答えたほど、待ち焦がれていたんですよ。

やっとリハビリに近付いたかな・・・




主治医に紹介状を書いてもらい、リハビリ病院へ


今書いてて、この辺の順番を思い出しました。

確か、リハビリがしたいから介護保険の申請をしたいと主治医に言ったことから、急に話が進みだしたんだった。

リハビリがしたいと言い出した私に主治医が、それはいいことだと思いますとと言ってくれ、リハビリ病院への紹介状を書いてくれたんだった。(こうやって書いていると思い出す)

それで1か月後くらいだったのか、リハビリ病院へ行ったわけです。


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とても楽しみに行ったわけですが、PTさんとの相性が悪かったのか、はたまたあちらの知識不足なのか、通うのをやめることに。

だってね、今できないことを目標にして、それができるようになりましょうとか言われてもね。

脊髄小脳変性症のリハビリにおいて、それが正しいのかそうでないのか、初心者の私には分からなかった。

けれどこの病気の患者を長期間にわたって担当したことがないのは分かったので、やめました。

やめてよかったと思ってますけどね。



リハビリ熱が冷めきったところで新たな展開


書くのが段々大変になってきたんですが、続けます。(笑)

リハビリもPTさんとの出会いによるところが大きいなと思って、その後は積極的に動くことはせずに、しばらくおとなしくしていました。

介護認定を受けたことで、区の保健師さんからケアマネを決めてーと言われ、頑張ってみたけどうまくいかず。



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事業所を決めるにあたって、嫌な思いをしてしまい、もう当分なにも動かない、しばらくは傷つきたくないもんねと、じっとおとなしくしていたわけです。

その後段々と心の傷も癒えて、さあまた動くぞーと。

介護にまだ抵抗があるなら、看護はどうだということで訪問看護のサービスを受けることに。

これも主治医に訪問看護が受けたいと相談し、病院の地域継続なんちゃらという部署が、今お世話になっている事業所と繋いでくれたわけです。

書いてて、ほんとに疲れてきたけど、リハビリに辿り着くまで、あと一息ですのでお付き合いください。

訪問看護のほうでは嫌な思いをすることなく、看護師さんの訪問がスタートしました。

丁度その時期に、遺伝子検査をうけることを決め→受けた→結果出た→戦う敵がやっとわかった!ということになり、どうやって戦うかを真剣に考え始めました。

その結果、やっぱりリハビリじゃないかと思うようになり、看護師さんが来てくれた時にその考えを話してみました。



大事なのはここです。



病気が判って1年以上経ち、様々な申請やらなんやらを経験し、調べた結果どこから訪問リハのPTさんがやってくるのか判ったんです。

時間がかかりましたー。

・・・長かった。




気付いたらここが本丸だった!

  


訪問リハビリのPTさんOTさんは訪問看護の事業所に所属してるんだと、やっと判った!



辿り着きました、訪問リハ。

よかったよかった。

訪問看護師さんと相談して、これからは月に1回PTさんに来てもらうことに。

なんで月イチかというと、私の年齢によるものなのかよく分からないんですが、介護保険じゃなくて医療保険を使うからなんです。

介護保険なら私の自己負担は1割なんですが、医療保険だと2割負担です。

この2割負担は指定難病の医療証が使えるので、そういうことです、2割ね。

通院や薬代と合わせて月の上限までしかかかりません。

しかし私の上限は2万円。

決して安くないので、月に1回の利用に抑えることにしました。

でもセレジスト飲んでるから、薬出た月は2万いくじゃないかと思う方もあるかもしれません。

が様々な事情があり、といってもほぼお金の問題ですが、セレジストは今までと同じ飲み方はどうしようかと考えているところです。

まあ、本来なら今頃はフルで働き家計を支える時期です。

子ども達の教育費とか大変です。

そこで私が働けなくなり、医療費がかかるとなると厳しいんです。

長く続く病気との付き合いなので、無理はしません。

そういうことで、訪問リハビリは月に1回と決まりました。

そして先日、1年がかりで夢見たリハビリが叶いました。(笑)

こんなに長い記事を書くのは疲れました。

疲れたけれど、脊髄小脳変性症の診断を受けて日が浅い人のお役に少しでも立てたなら幸いです。

第1回目の訪問リハのことは、また今度。

こんなに長い記事、読んでくださってありがとうございました。