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全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者本人が書くブログです。神奈川在住の脊髄小脳変性症・多系統萎縮症患者及び家族のメーリングリストの窓口になっています。参加ご希望の方は当ブログのお問い合わせからご連絡ください。

席を譲ってくれないその人は本当に健常者?

健常者と障害者、半年ほど前から毎日のように考えること。

どんな場面でかと言えば、電車やバスの座席を巡るバトルについて見聞きした時。

私にはまだあまり関係ないけれど、障害者用のトイレや(みんなのトイレって言うんだっけ)駐車スペースのことなど。



半年ほど前にフェイスブックで、ある男性と優先席についての言い合いになったことがあります。

その人は、とにかく高齢者には席を譲れと言います。

見た目で分からな障害者も、よくよく観察すれば傍から見てもそれと分かるはずだと思い込んでいる人でした。

実際にその人が電車の中で遭遇したケースでは、高齢者に席を譲らなかった若者が電車を降りた後、ホームを歩いて行ったと。

それが障害者でない何よりの証拠だと言いたいようでした。

わたしとのやりとりの中で「見た目で分からない障害者である可能性も含めて、よく観察した上で健常者だと判断できたので批判している」と主張。

だから、見た目で分かるならそれは見た目で分かる障害者であって、見た目で分からない障害者は絶対に分かるはずがないと私も意地になりました。

私があんまりしつこいので、やりとりを早く終わらせたかったようで、健常者だと判断した根拠を示してくれました。

それが先に書いた自分で歩いていた事実。

(ちなみに私は歩けるけれど、連続で歩ける距離や時間に制限があります。電車で座れるかもしれないから外出できます)




そういうことだろうとは思っていたけれど、あまりに貧弱な想像力と謙虚さの欠落に全身の力が抜ける思いでした。

(観察ってどういうことよ?世の中には、自分が知らないこともあると分からないのかー!)

その人は元小学校の先生、今は定年退職されています。

その私とのやりとりの直前にお友達なのでしょうね、現役の中学校の先生がこんなことを書き込んでいました。



生徒にはいつも言っている、お年寄りには席を譲れよ、譲れないのは頭の◯◯だぞと笑いながら言うと、ほとんどの生徒は意味を理解しますよ



それを読んで私の頭は大噴火!

間違ってない、小脳の病気です、なんで分かったの?です。

なんなんでしょう、この道徳観。

この人たちは何の為に高齢者に席を譲ろうと言っているのか?

私には分からなくなりました。

半年経ったけれど、これを書いていてますます分からなくなってしまった。




譲ろうという呼びかけ、もうやめたらどうでしょう。

誰の為に譲るのか?

どんな社会を目指すのか?

電車の中で流れるアナウンス、「妊娠中の方や身体の不自由な方に席を譲りましょう」この真意はどこにある?

こんなことを言われたら見た目で分からない障害者は困ってしまいます。

いやーいいんだよ、そういうことなら堂々と座っていればいいなんて言う人もいるでしょうけど、無理です。

例えば高齢者の前に二十歳くらいの派手な若者が座っていたら、周囲の目にはどう映るか?

気にならない人は、多分いないんじゃないかと思います。

大抵は批判的な気持ちになるはずです。

そうなって困るのは誰なのか?

私の少ない知識と経験では、見た目で分からない障害者と難病患者だろうという認識でした。

それがこのブログを通じて知り合ったがん患者さんから話を聞き、目から鱗の新事実も知りました。

電車の中で抗がん剤やっている人もいるんです、普通に。

これです。

www.warasato.com



がん患者さんも大変なご苦労があります。

今はがんも通院で治療する時代です。

高額な治療費の為に働き続ける人もたくさんいます。

通勤電車1両に、一体何人のがん患者さんが乗っているか?

難病患者が乗っているか?

見た目で分からない障害者が乗っているか?





目に見えることが全てではないと、私は知ることができて良かった。

障害者も意識を変えよう。

席を譲ってくれない目の前の健常者も、弱者である可能性があることを忘れないでいたいものですね。

なんたって見た目じゃなにも分からないんだから。

私達はエスパーじゃない。