難病患者と宗教

こんばんは、わらさとです。

今日も沢山の方に読んでいただいて、有り難いです。

なんででしょう?本当に今日は沢山読んでいただいてます。




実はもうひとつブログを作りまして、それでブログ村のランキングに参加することにしたんです。

それも「キリスト教カテゴリ」です。

せっかくこのブログと分けたのに、自分でそのことをバラしてしまうなんて・・・。



急に去年の11月から教会に通い出しまして、このブログを読まれている方の中には、「気持ち悪~い」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。

実際、私の家族は言ってますからね。(笑)


気持ち悪っ!と。


そう言われても、教会行きたいし、聖書は読みたいし。

ねえ、こればっかりはしょうがない。



でも自分でも少し恥ずかしいんです。

だって体が動かなくなる難病にかかって、聖書と出会い教会に通うようになる、そしてクリスチャンになる・・・。

そんな事になったら、あまりにもベタすぎると思いませんか?

私が今夢中で読んでいる三浦綾子さんや、聖書に出会うきっかけになった星野富弘さん。

お二人ともご病気だったり、重い障害を持った方です。

そしてクリスチャンです。

単純に健康上の大きな問題を持った人は宗教へ走る、そう思われるのが嫌なんです。

裏を返せば、私が今までそう思っていたということなんですがね。



心のよりどころとなるものを求めていたというのも事実です。

でもそれ以上に、聖書の言葉に深く深く感じるものがあったから、もっと読みたい知りたいと、そう思うようになっただけです。

たまたま難病が判った後だった、というだけです。

そうは言っても、勿論この難病が大きく影響していることは認めない訳にいきませんが。

そうなんだけど、それを人にやっぱりね、なんて思われるのが嫌だという・・・。

よくわからないけれど、私が急に聖書だキリスト教だと書きまくることで、このブログを読むのや~めた!と思われるのが怖いという、そんな情けないことを考えています。

そんな理由で今、大いに夢中になっている聖書のことを思う存分書きたくて、別にブログを作りましたが、ここは私のブログだから気にする事無いんじゃないかと、さっき急に思ったわけです。

だってこのブログは現在進行形の難病患者発信ブログなんだから。

どういう過程で難病患者がキリスト教と出会ったのか、これからどうなっていくのか。

ある意味実況モノなんだから、誰にも遠慮はいらないかと思った次第です。

この記事の冒頭部分を書いている時は、この辺りをこれからどうしていこうか、迷いがあったんですが、書くって心の整理になるんですね、答えが出てしまいました。

せっかく作ったブログをどうするかはわかりませんが、こっちでも書いちゃいますね、聖書や教会のこと。

そういうことですので、よろしくお願いします。