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全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者本人が書くブログです。神奈川在住の脊髄小脳変性症・多系統萎縮症患者及び家族のメーリングリストの窓口になっています。参加ご希望の方は当ブログのお問い合わせからご連絡ください。

どこかに掴まるのは恐怖心があるからではない

恐怖心じゃないならなんなんだよ?そう言われればこう答えます。




責任があるから




意味が分かりにくくてすみません。

先日のリハビリでPTさんに言われたことがあります。

「恐怖心があるから、ついどこかに掴まってしまう。」

その恐怖心をどこかにやって、掴まらずに歩きましょうということなんだけど、脊髄小脳変性症の患者にどこにも掴まらずに歩けというのが、正しいのか正しくないのかは置いといて、責任の話をします。



この病気は進行性。

徐々に運動機能が失われていき、歩けなくなるとされている。

進行の過程で転倒して骨折でもした場合、ある程度まとまった期間、歩けなくなります。

ケガの状態にもよるんでしょうが、ただでさえ不安定な身体なので、歩くことは諦めるのが一般的だと思います。

そうしたらどうなるか?

一足飛びというか2足飛び?そんな感じで、どど~んと症状が進行するそうです。

一気に歩けなくなるらしい。

歩けてた人は杖や歩行器に。

歩行器の人は車椅子に。



できることもグンと減るはずです。

そうなると私は困るんです。

誰でも困るでしょうけど、私は困る。

杖でも歩くのが難しくなったり、できない家事が増えたり、あ~困ります。

私がケガをするということは、家族も巻き込むことになります。



きっと私の脊髄小脳変性症には神様が決めた進行表があるはずです。

(なんかオヤジギャグみたいだな)

できるだけその進行表通りに、歩けなくなっていきたいんです。

(ちょと言ってることが変だけど)

できることなら、予定を大幅に遅れて進行していきたいですね。

予定より早く歩けなくなるなんて、絶対に嫌です。



そのためには防げるケガは絶対に防ぎたい。

立ってるとき歩くとき、掴まれる場所があるなら徹底的に掴まります。

絶対に転倒なんかするもんかと。

だから掴まるんです。

決して恐怖心とかそんなものではありません。

私のケガは家族の生活も変えてしまうから。

これ以上余計な迷惑はかけたくないです。

掴まれるものには掴まる、これは家族への責任です。




そうすると、先日の家の中に手摺なんかいらない発言がおかしなことになっちゃいますね。

・・・矛盾しとる。