読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者本人が書くブログです。神奈川在住の脊髄小脳変性症・多系統萎縮症患者及び家族のメーリングリストの窓口になっています。参加ご希望の方は当ブログのお問い合わせからご連絡ください。

私がどうしたいかが一番大事

昨日の朝までは、あんなにワクワクしていたのに・・・

天気はいいけど、心はどんよりだよ。

もう、めんどくさくなってしまいました。


あまり関わりたいとは思えない人に、お願いしなくちゃいけないのかな・・・

昨日はケアマネさんも同席してくれたけど、話をしていたのはほぼ管理者さん。

この管理者さんには、できれば今後お会いしたくない。

ケアマネさんは多分問題ないと思うんだけど・・・



どうしたらいいんだろうか?

高齢者なら一般的に考えて、そんなに長期間にわたって介護保険のお世話にはならないと思います。

でも私は80歳まで生きるつもりでいるので、約40年もお世話になることに・・・




は~、長い





気が遠くなるほどの長さだよ。

来週は横浜市の「在リハ」の理学療法士さん、作業療法士さんが自宅に来てくれます。

有り難いんだけど、何のために必要なのか分からなくなってしまいました。

現状では、不自由はあるけれどこのままで充分生活できます。

家中に手摺は無くても困らない。

トイレなんて狭いから手摺がなくても充分掴まるところいっぱい。

お風呂も玄関もあと1年は手摺がなくても問題ないと思うし。

使いやすいように、危険がないようにと言われてどんどんいろんなことが動き出してしまったけれど、それは私が一人前の障害者になっていくってこと。

そこも無視してしまいたくなってしまいました。

まだまだ、そんなに困っていないもんと。




介護保険を申請したことから、私の周りがどんどん動き出してしまった感じがします。

なんで介護保険を申請したのか?

それはリハビリがしたいただそれだけ。

本当にそれだけの単純な動機。

介護保険のガイドブックを見ても、私に必要そうなサービスは特にないし。

いずれは必要でも、現時点では手摺さえ私はいらない。

こんな面倒なことになるなら、当分いらない。



なにが嫌だったって、管理者さんの私への言葉遣い。

幼稚園児に話すような感じ。

病院で良く見かける、職員と高齢者のやりとりに似ている。

認知症の高齢者が、子ども扱いをされてどう感じるのか、私にはわかりません。

子ども扱いをされていると認識できる高齢者は、当然不愉快だろうなと思います。

私は当然認識できるし、通常の社会生活においては40過ぎの大人として対応してもらえます。(すっごく当たり前)

なのに、難病患者になった途端、障害者になった途端、介護保険を申請した途端、子ども扱いされるのはなんでなの?

プライドが高いのか?

他人のお世話になるのなら、そういう扱いを受け入れないといけないのかな?

受け入れたくないもんねと思いますよ。



あと介護事業所、普通の感覚なら大事なことを決める時はよく考えて決めるし、そもそも調べるよね。

昨日の事業所は、地域のケアプラザから、「ここなんかどうでしょう」と教えてもらったところ。

2か所教えてもらって、こちらの方から連絡をしてくれと言われたんだけど、なんでこの事業所が優先だったんだろう?

2か所のうちどちらに先に連絡するかは、私じゃなくてケアプラザの人が決めた。

なんでなんで?

私の知らない介護保険の流儀があるのかもしれないけど、意味がわかりませ~ん。

昨日きたところが契約書などを、我が家に置いていったけど、私は話しを聞いてみたかっただけなんだけどね。

今の時点では別の事業所に電話でいろいろ聞いてみたりするのは、いけないことなのかなと気になります。

なにか暗黙のルールとかあるのかな?

気になる。



とにもかくにも私がどうしたいかが、一番大事なはず。

リハビリがしたいだけ

ただそれだけ。

それが叶えられた今、介護保険の必要性が分からなくなってしまいました。

とりあえず、今日は立ち止まります。