全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者本人が書くブログです。

災害と障害者

昨夜熊本で地震があった少し前、私は録画したハートネットTVを見ていました。
高齢者、障害者の防災がテーマでした。
この番組を見ながら、災害が起きた時に私はどうしたらいいのか、いろいろ考えてみました。
そんな時に地震速報で、熊本の震度7を知りました。


普通には歩けない私は、3年ほど前から災害が起きた時どうしたらいいか、考えることがよくありました。
実際に遭遇する可能性が高いのは、止まってしまった電車からの避難。
電車が線路で止まってしまい、しばらく閉じ込められる。
その後乗客が降ろされ、隣の駅まで線路を歩く・・・そんなニュースをよく聞きます。


もしそんな場面に居合わせたら、どうやって電車から出るんだろう。
電車から線路へ降りるのは健常者だって大変そうです。
結構な高さがありますから。


手摺がついたハシゴだったら、なんとかいけると思います。
でも車内の長椅子を使った滑り台状のものだったらアウトです。
無理です。
どうやったら降りれるか、あれこれイメージしないと無理でしょう。
あと、誰かの手を借りないと。


電車で何かあったらどうしよう、それは病名が判る3年も前からの心配事でした。
その頃、緊急時には「障害者です、足の障害です」と言うように夫から言われていました。
一刻を争うような時に平衡感覚が云々言っても、通じないから「足の障害」これで行けと。


電車で何かあったとしても、時間がかかっても問題が無い状態なら、文字通り問題ありません。
避難が一番最後になっても構わない状況ならいいんです。


でも車内での火事など急がなければいけない時、もうこうなったらなるようになるだろうなという諦めがあります。
こればっかりはしょうがない。
逃げられるときは逃げられるし、無理なときは無理。


私が具体的に考えていたのは、電車での緊急時のことでした。
それが昨日、あの地震。
自分の住んでいる地域で、あのクラスの地震が起きたらどうしたらいいか?
昨日からそればかり考えています。


イメージしても難しいことばかりです。
災害の時にテレビで見る避難所は学校の体育館などが多い。
広い場所にたくさんの人がいます。


床には毛布や段ボール、避難者の荷物などがあふれかえっています。
あの中を私は歩けるか?
視覚的にすっきりしていて、障害物が無ければ手すり無しでも充分歩けます。
しかし障害物だらけで狭い場所は、伝い歩きじゃないと難しそう。


そして考えたくないけどトイレ。
これは本当に大問題です。
和式はもう私には無理だし、水も止まったトイレの惨状は想像をはるかに超えるものだろうと思います。


この2点はいくら考えてもいい考えは浮かびません。
災害を考えるって、結構辛いものですね。



今日は地震の影響を受けなかった地域のスーパーでも、ペットボトルの水がよく売れただろうなと思います。
私だってこれだけ、防災のことを考えた一日でした、誰でも今日くらいは考えるでしょう。
我が家も今日は水や食料の備蓄を、もう一度点検してみます。
何かあったとき、普通の主婦のように何でもできるわけではないので、どんな備えが必要か今一度考えてみようと思います。


二日目の夜が来ます。
被災地の要支援者の方々が命を落とすことなく、できるだけ不自由なく越えられるよう祈るしかできません。
これ以上の被害が増えませんように。



そして、なんで川内原発止めないんだ!
あんな危険な物、早く運転停止にしてくれ!
安全な訳ないだろう。
余震でどうなるか、誰にもわからないのに。