全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者です

前向きブログからいっぱい勇気をもらう、単に影響されやすいとも言う

昨日の雷が嘘のように、今日は朝からいい天気です。
昨夜、雷が鳴っている頃娘が寝室の窓を開け、空が光るのをじっと待っていました。


埼玉の女の子が保護されたニュースを見てから、中学生の娘を持つ私はいろんなことを考えました。
「空が光るのを見たいの」と無邪気に言う娘がどうしようもなく愛おしくて、私も開けた窓の前で娘と布団に包まりました。


体育座りをする娘にくっついて、布団に包まるのは何とも言えず幸せな時間でした。
娘とピッタリ寄り添いながら、この子の心の中はどんなことになっているんだろうと考えました。


いつも私が出掛ける時、ダウンコートのファスナーがはめにくいので、娘が「お母さんポンコツだな~」と言いながら代わりにやってくれます。
そして「車にひかれないようにね」と言って送り出してくれます。
        ↑
これでどんだけ学校に行ってないか分かってしまう。

ジップロックのような袋の口は開けるのが大変で苦戦していると、「がんばれ!がんばれ!」とふざけるように手拍子をしてくれます。



ありがたいです。
申し訳ない思いもします。
こんな母親がいて結婚できるのか、娘は発症しないのか。
考えたらキリがありません。



たまに「なんでウチは普通のお母さんじゃないの?」と言われると考え込んでしまいます。



本当だわ・・・


なんでだろう?
自分ではそういうことは考えません。
なんで私が難病になったのか。



妹に言わせれば、難病患者なんていくらでもいる、珍しいことじゃない。
妹がどんな気持ちで言ったか知らないけれど、確かにそうかもしれない。


難病患者なんていくらでもいる。
難病じゃなくたって、ガンや白血病で病気と闘っている人だっている。


それこそ人生が変わってしまうような事件に巻き込まれる人もいる。
特別私の人生が気の毒がられることもない。


ひとつハッキリしていることは、私は1回しかない人生のはずなのに2回目に突入してしまったこと。


今までとは全然違う世界にきてしまった。
健康だったら知らなかった世界。
難病のこと、福祉制度のこと、障害者のこと、難病と一緒に生きている人達のこと。


今までは線の向こうから見ていた世界に来てしまった。
来てしまったら、いろんなことを考えた。

線の向こうでは考えもしなかったこと。
それは哲学的なことでもなんでもないこと。


天気がいい日に布団を干せるって幸せな事だな。
スタスタ階段を降りられるって凄いな。
あちこち順番に掴まらなくても、簡単に立ち上がれるって凄いな。
混んだバスで人をかき分け、降りたいバス停で降りられるって凄いな。


凄く当たり前のことばっかり考える。
全部恵まれていたんだと。


でも私がこの病気になって知ったことで、一番重要だと思うことがひとつあります。
これに気付いてよかった。


それは人生の残り時間。



残り時間って表現がなんとなく後ろ向きな響きがあるけど。
でも残り時間なんだよな。
産まれた瞬間から、残り時間は減っていってるはず。
でもそんなこと、普段は考えないで生きている。



でも進行性の難病になって考えた。
少しずついろんなことができなくなっている。
これからもできないことが増え続ける。


多分今日が人生で一番動ける日なはず。
これ、間違いない事実。


これから私になにができるか。
前向きになっている時には、同じように前向きに頑張っている人を引き寄せる。
これ本当だなと実感してます。


相変わらずいろんな病気ブログを徘徊してますが、ここのところ前向きブログしか見つけてません。
自分に起こる事って、自ら引き寄せてるんだな。
(じゃ、病気も引き寄せたんかってことは、また別のおはなし)


残された時間や、残された機能で精一杯頑張ってる人達。
その生き様をブログを通して見せていただいて、ありがとうございます。
自分1人で頑張るって、人間には難しいんだなと思います。


あの人も頑張ってる、この人も頑張ってる。
私も頑張ろう。
凄く単純で普遍的な事なんだと思うけど、勇気をもらえる。

別に人に勇気を与えるために頑張ってるんじゃないよと言われちゃうかもしれないけど、勝手に勇気を頂いてます。

これから仕事に行くからかる~くブログ書いとこうと思って書き始めたのに、気付いたら2000文字も書いてた。
たらたら長くてすみません。



超要約すると「今日、私は頑張るぞ!」ってことでした、以上。
では行ってきます。