全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者本人が書くブログです。

実は娘が学校にあんまり行ってない

春は別れの季節、でもって出会いの季節でもある。
めんどくさ~!と言いたくなることがきっとたくさんある。
子どもの進級に伴うクラス替え、イコール担任の先生が変わる、恐らく。
高校の方は特に問題ないけど、娘の方は問題大ありだ。



このブログに書くか書くまいか、何度か考えたことがあるんだけど、娘はやや不登校気味。
昨夏、私が緑内障と診断されたあたりから、娘は私の身体をとても心配するようになった。
そして秋ごろから、学校に行く元気が出ない日がポツポツと出始めた。


多分普通の母親がついていれば、こんなふうにはなっていないはず。
ていうか、私が普通じゃない病気になっちゃったから、こんなことになったわけで。
朝も子どもより早く起き、起きられなくても朝ごはんを用意する。
朝ごはんの用意ができなくても、弁当ぐらいは用意する。


多分健康な母親ならば、この程度ならできると思います。
そして朝の時間を普通に過ごせる家庭の子は、学校に行けるんだと思います。
この場合の普通の朝の時間とは、お母さんが「早くしなさ~い!」と大きな声を出し、洗面所では思春期の子どもが鏡とドライヤーを占領し、台所では「お弁当箱出しなさいよ、もうっ!」と再び母が叫ぶ。
これが普通の朝の風景かと思います。


以前は私もできていましたが、今はできません。
朝ごはんの用意ができない、お弁当の用意ができない、そんな朝も普通にあります。
そしてこの数か月は、頑張るぞ!という元気が出せない日々が続きました。

母親がこういう難病になって、将来どうなっていくか想像もつかない。
いや想像はある程度つく。
母の身体は段々動かなくなっていく。
ドラマに出てくるような難病。


中学生の娘の心の中は一体どんなことになっているのか?
私にはどうしてやることもできません。
こっちの気持ちに全く余裕がないのです。
余裕と言うか余力がない。


握力、背筋力という言葉があるけど、私の場合は心力とでも言おうか、心が力を失ってしまった。
精神力とは違います。
心が心の体を成していない。


難病なんだ、歩けなくなっていくんだ、喋れなくなっていくんだ、目も見えなくなっていくんだ。
そうか、そうか、そうなのか。

こう思うだけで精一杯。
現実を受け入れるだの受け入れられないだの、そんなレベルにも達してない。
そうなんですか~へえ。
これが私の現状です。


病気の受容とか、なにそれ美味しいの?そんなところです。



だから娘をサポートすることができません。
今はできないんです。
私が今生きている、すみませんがそれで勘弁してください。
そんなところです。


今の担任の先生はこの私の現状を理解してくださいます。
とてもありがたいことです。
助かっています。
私がこの病気になってどん底だとか絶望だとか感じなかったのは、いろんな人の存在のお蔭です。
娘の担任の先生も、その中の一人です。


先生の理解があるから、私はこの数か月を死にたくなるようなこともなく過ごせました。
あと数日でお別れかもしれません。
来年度も同じ先生かもしれないし、違うかもしれない。


新しい先生になったら私はどうしていこうか。
まったく見当もつかない。
見当もつかないけど、この世は無常。
また私も変化していくから問題ないかもしれないしね。
どうなっても、それが今の私に丁度いいことなんだろうから平気だろう。
娘にとっても同じ。
いつだって必要な事、丁度いい事が起きるんだから。


ま、一番憂鬱なのはPTAの役員決めだな。