全力疾走と午前4時

脊髄小脳変性症の患者ですが、できることはまだまだ沢山あるじゃないか!

朝からいろいろ考えてみる、難病患者の生きる道

このブログを始めて、そろそろ2か月半。

まだ続いたとか続かなかったとか言う時期では全然ないけれど

なんとなく続いていることはよかった。

そういうつもりではなかったのに、気付いたら闘病ブログちっくになってきてしまいました。

私の病気は戦うタイプのものではないんですがね。

小さい声で言っていいなら、戦えるタイプの病気に対して、

結果はどうであれ、やれることがあっていいな~。

みたいな羨ましさがちょこっとあったりして。

けれども末期癌の方のブログを読んで、秋の段階で余命数週間という宣告を受けて、

せめて春まで生きたい、我が子の入学式の写真を見たいから。

何ていうのを見てしまうと、私の病気は恵まれている、そう思います。

残された時間がある程度ハッキリしてしまう病気の残酷さ。

これは私には無理だろうと、神様が手加減してくれたんですかね。

死ぬ病気じゃないから、脊髄小脳変性症でどう?って。

選ぶ権利があるなら、どちらも全力でお断りしたのに・・・




これから先、きっと平均寿命まで生きることができるでしょう。

娘には「お母さんフラフラ歩くから、車に引かれて死んじゃいそう」なんて言われてますが、

特に何もなければ、普通におばあさんになれるでしょう。

病気の進行具合も予想できないけれど、

いろんなものが見られるでしょう。

東京オリンピックも見られるだろうし。



ただね、我が子の結婚式ってどうなの?と考えてしまう自分もいる。

この病気には遺伝性と孤発性があって、いずれ私もきちんとした検査をすると思います。

(この辺りの事はこの先もハッキリと、ブログに書くつもりはありません。)

このことは簡単な事ではなく、考え出すと答えの出ない迷宮に入り込んでしまったようです。

この病気の困ったところは、体の運動機能が失われていくほかに、

こんなところにあると思います。




今考えてもしょうがないんだけれど、悩んでしまう。

子どもの結婚を考えた時、親が癌であってもきっとそれは大きな障害にならない時代になりました。

だってどこの家にも、がん患者の親戚はきっといますから。

実際、私の親も癌です。

知ってるだけで父方の親戚に2人、母方に3人います。

血縁に癌患者がいても結婚の障害にはきっとならない。

けれど親が脊髄小脳変性症だったら、確実に結婚の障害になる。

なんて大きな問題を抱えてしまったんだろうと、重い気持ちになります。





いろんな気持ちが波のように繰り返しやってきますが、

これも私の生きる道。

夫に話したりもできるし、患者の会にも行くようになった。

気持ちを話す場はあるけれど、全然足りないです。

いつか懐かしい気持ちで読み返すことができるんだろうか。

いちいち感じたことは、喜びも悔しさも悲しみも、

みんな私の足跡になるから。

ここにちまちま書いていきます。

朝からまとまりません。